第849回 「講演会」
先週受講した講演会のテーマは、「仕掛学」です。
講師は、大学経済学部研究室で「仕掛学」を研究しているらしい教授先生です。
「仕掛学」は「シカカリガク」と読むのではなく、「シカケガク」と、読むそうです。私は、経済学教授の講演であり、表題に「仕掛学」と書かれているので、当然「シカカリガク」と読むのだろうと、考えていました。
ところが、講演の冒頭からどうも「シカカリ」とは縁もゆかりもない話が始まりました。どうも講演は仕掛(シカケ)について話しているようなのです。仕掛(シカケ)は、仕掛ける側と仕掛けられる側が別個の目的を持ち、結果として双方の目的が満足されるのが、優れた仕掛(シカケ)の定義である、などと話しています。
経済学分野なのに「シカカリ」でもなく、真面目な講演会なのに「人を引っ掛ける話なのか」と、ちょっと鼻白みました。ところが、講演を聴いているうちに、どうやら「仕掛学」という学術分野は既に存在していたのではなく、当日の講師先生が自ら名づけて定義した分野のようだと、言う事が語られるにつれ、段々興味が沸き始めました。
「シカケガク」の研究目的は、優れた仕掛による人の行動への効果性に着眼し、極めようとしているようです。そういう意味では、行動経済学に通ずるかもしれないので経済学なのか、と私は勝手に納得しました。
私がこの話題を通じて先ず伝えたいことは、一人ひとりの研究者さん・学者さんたちの地道な活動とその連繋が、長い年月を経て実を実らせ、突如私達に一層快適で便利な生活を与えてくれることへの感謝と畏敬の思いです。
自己の研究分野のヒットを求め、根気強く研究テーマ探しへ挑戦を繰り返す、地味な研究をコツコツ遣り続ける、こういう研究者さん・学者さん達の精神力、モチベーション維持力へ強く感服を覚えます。恐らく彼らのモチベーションの原動力は、社会への貢献と知的好奇心なのでしょう。
最近は、と言っても近頃の時間感覚ではだいぶ古くなりますが、「失敗学」、「整理学」などのような既存にはない興味深い分野(独立した正式の学術分野と呼べるほどではないかもしれませんが・・・)を、時々見聞きします。
大概は、私達の日常行動を具体化した名前が付けられていますし、実際の研究も人々の日常行動を中心に現場感覚の研究活動を行っています。現場を訪れ多様なパターンのサンプルを収集し、サンプルを科学的な情報へ整理し、さらに学術情報へと洗練させ、論理を構築するのでしょうか、厄介な作業です。それ故、地味な活動をコツコツ続ける必要があります。
「仕掛学」の講演においても、世界の優れた仕掛のモデルを紹介していました。しかし、推測する限りそういうサンプル収集などの活動は、地味であり多大な根気と労力を要するようです。事情を知らない人からの、そんな(つまらない)ことを遣ってどうやって社会に還元するのだ、という蔑みに似た声を耳にするかもしれません。
それでも遣り続けるのは、自らの好奇心を満たしながら、社会へ貢献したいと言う強い使命感故の行動なのだろうと信じます。何となく羨ましい気持ちになります。その熱意の高さに対してです。
そして、もう一つ、こういう新しい分野の研究を行っている研究者・学者さんたちは、必ず何かの基礎学問を究めていることです。例えば、基礎化学、基礎工学などのような。
何故なら、基礎に対するしっかりした知識と理解がなければ、新たな研究分野を生み出すことは出来ません。基礎の研究活動の体験を持たなければ、実りに繋がる研究活動は行えません。
こう思うと、研究活動に従事する人たちに対して奥行の深さや厚さを感じずにはいられません。研究者・学者さんのこのような行動から、私達に共通のいくつもの教訓が、見つかります。
地味なことを根気強くコツコツ遣り続けなければ、決して実を実らせることは出来ない。自己の知的好奇心は、行動の源泉。成功させるためには、基礎力が絶対条件。人の役に立つ、貢献する気持ちが一番のモチベーション、行動の原動力、幸福感。などなど・・・