第973回 「飛込み仕事」
会社には、様々の遂行すべき業務があります。企業は、そういった様々な業務に応じて遂行体制を設けています。先ずは、ラインと呼ばれる売上を上げる本業に従事する人たち。そして、そういう人たちの業務をサポートするスタッフと呼ばれる人たちの組織があります。
さらには、たまにしか業務遂行の必要が生じない業務や、環境の変化や時々の事情で突如生じる業務があります。それらの業務は、遂行担当体制から漏れ落ちている業務です。こういった業務を、仮に飛込み仕事と、呼びます。一般的にどういう風に呼ぶのか知りませんが、少なくとも遂行体制外の仕事であり、日常的に繁忙ではないので、そう呼ぶことにします。こういった飛込み仕事は、自分が遂行すべき業務ではないと認識されがちで、スタッフたちには歓迎されないようです。
一方、私達のような業態の企業の大半のスタッフは、企業が売上の源として掲げるシステム構築やプログラム作成を専任業務として遂行する技術者、およびその卵たちです。つまり、技術を駆使してソフトウエアを作り上げることを、自らが従事すべき業務だと自覚しているスタッフたちです。そして企業の費用構成上、サポートスタッフは極少のマンパワーで運営されています。その分、技術者及びその卵スタッフたちにとっては、飛込み仕事が増えます。例えば、会議を取り上げると、会場設営、進行準備、司会、議事録作成等など。社内教育であれば、教育の企画等はしかるべき立場の者が行ったとしても、講師や教材の手配、カリキュラムの管理、実施状況の管理などが必要です。
ISMSなどの認証を受けている場合は、その運用活動もあります。このところ、会社の飛込み仕事の質が落ちてきている、若いスタッフはやらされ感だけで、嫌々遂行しているような「マイナス空気感」を感じつつありました。そこで、こういう飛込み仕事についての意見を出してもらうことにしました。概ねの意見は、やる人とやらない人がいる為、不公平感を感じる、だから自分がやることを進んでは歓迎しない、と言うようなものでした。中には、そういうことを専任でやる人を設けることが望ましい、と言う意見もありました。確かにそういうサポート仕事ばかりを専任で行うという発想は、一見合理的に思えます。しかし、私は反対です。二点の理由があります。
一つ目は、業務の質に対するものです。こういう飛込み仕事は、利益を生み出すビジネス行為の効率を上げる為のサポート業務ですから、その質は企業の業績に影響を与えるほど重要なポイントです。高い質を維持するためには、状況に応じて本来業務要求に沿うよう工夫や変化を自在にし、遂行することが、要求されます。ところが、日常的に本業業務遂行に従事していないスタッフに任せると、質や内容は固定化されてしまい、柔軟な状況変化に対応できなくなります。その結果、質の高い提供が損なわれる可能性は、大きくなります。
二つ目は、潜在的に包含されている教育チャンスを失うことです。飛込業務にはいろんな教育のネタが詰まっているのです。例えば、会議の議事録を取ることは、会議において交わされた内容を理解しながら聞き取り、簡潔に纏め、誰でもがわかり易い文章にまとめることが要求されています。これは、コミュニケーションにおける大半の重要スキルであることに気づくはずです。簡潔に纏めるスキルは、論理思考にとっては、必須スキルです。会議の司会ならば、ファシリティテクニックを磨く絶好のチャンスです。
このように、多様なスキルのトレーニングチャンスを持つ飛込業務を、専任スタッフに任せてしまうのは、大変勿体ないものです。普段遂行する直接売上を得るためのビジネス業務は、同じような業務に偏りがちです。特に、経験の少ない若いスタッフたちに任せられるビジネス業務は、限られています。日常的に同じような頭の働かせ方ばかりをしていると、いつの間にか思考は、小さな世界の固定観念に固まってしまい、広い視野や、疑うスキルや、柔軟な思考などを失いがちになります。つまり、同じことばかりしていると、段々自分を技術者に仕上げるチャンスが失われてしまうのです。そうならないためには、多様なことを体験し、様々な人と出会い、自身を刺激しながら自分の思考を磨き続けることが王道なのです。