第784回 「何より経験」
私が呪文のように唱えるのは「何事も経験すべき。」です。そう言うと、
「そんなこと経験しなくてもわかります。当たり前ですから」などの言葉を返す人がいます。
でもその当たり前が身に付かず、同じ指摘を毎回受ける、同じ失敗を繰り返しています。
そういう人をパターン分類すると、一定の規則性が見られます。
経験からの学びを持たない人たちです。経験せずに頭の中のイメージだけで済まし、
概念だけで経験しなくてもわかったつもりになっているのです。
しかし、経験を伴わないイメージだけでは、価値は稀薄です。
実際に経験すると、イメージでは思いもつかなかった様々なことに遭遇します。
とりわけ価値が高いのは、困難体験です。
苦労が大きく、多いほどその体験が印象深く自分の内部に記憶として刻み込まれます。
こういう経過を通して蓄積された経験値の量や大きさが、人を大きく太く育てます。
太く大きい当たり前が、実際に身に付くのです。
中堅のスタッフが、次のようなことを言っていました。
「経験が人を成長させると思います。外の世界を知らずに事務所で1年間過ごすよりも、
1ヶ月社外で業務遂行する方が成長度合いは大きいと感じます。」
確かに先輩スタッフ達の成長過程を思い浮かべると、大きく成長したな、
と感じた時は必ず客先や外部の利害関係者たちの間で、散々苦労したような後です。
ずいぶん前になりますが、大手製造企業の開発案件を受注した時のことです。
その案件は、生産ラインに設置されている機器からセンサーで送られてくる情報を拾い、
現場で働く人々が見やすい情報に加工して、PC上に開示する、
というような生産ライン支援システムの一部でした。
実際にセンサーから送られてくる情報との連携テストを行なうには、
作成したプログラムをクライアント企業の工場に持ち込み動作確認を行なう必要があります。
当時社内は、他の大型受注案件の納品を控え、
みんな夜遅くまで大忙しでした。新人スタッフの他には、
生産ラインシステムのテストに赴くスタッフの調整が、どうしてもつきませんでした。
仕方なしに、入社して半年目の新卒新入社員に、一人で現地へ赴くよう、指示をしました。
彼は、日頃からとても慎重な性分でしたから、始めにその要件を言いつけられた時には、
泣き出すのかと思うくらい怯えた顔をしました。
指示を出す側も不安でしたが、他に選択肢は無く、仕方なく彼が現地へ赴きました。
現地へ一人で行かせたものの気になり、度々進捗報告を求めました。
当初の報告要請に対して、彼は弱々しく「大丈夫です。」と、答えるばかりでした。
捗々しい進捗状況報告も提出せず「大丈夫です。」と、応えるばかりの彼の様子に私は
“このままでは彼は潰れてしまうかもしれない。”と、一層不安になりました。納期日は眼の前です。
ついには、他の業務に手を取られているベテランスタッフたちの手が空くまで、
クライアント企業に納期延長を懇願しなければならないと、追い詰められていました。
ところが、そうこうしているうちに彼が意気揚揚と帰社してきました。
テスト結果の報告エビデンス類を持って帰ってきたのです。数日ぶりに目にする彼の姿は、
落ち着感に溢れ、以前に比べるとかなり大きく見違えました。
現地ではどうだったのかを訊ねる私に、彼は次のように語りました。
大変でした。最初は、初めての場所ではじめて会う人たちばかりです。何がなにやらわからず、
どうしたら良いのか判断できず、相談する相手もおらず、仕方なしにじっと固まっていました。
そうすると、現場の責任者から「邪魔だ!どけっ!」と、怒鳴られました。
現場でトラブルが生じることなどがあると、その場のみんなから全く無視されました。
数日の間は同じようなことの繰り返し、現場に行くのが殆ど嫌になりかけていました。
ある時、前に邪魔者扱いした責任者の方から言われました。
「お前は何しに来たのだ!そうしていては何時までたっても業務を終える事ができないだろう。
納期までに納品する事が出来ず、責任も果たせない。何よりもお互いの会社が困る!」。
そして、私がテストをする環境を整えて下さいました。
段々周囲の人たちも声を掛けてくれるようになり、支援してくださるようになりました。
失敗して現場の方々の手を止め、迷惑をお掛けしたこともあります。
そういう時、怒り出す気の粗い人もいましたが、概ねみなさん好意的でした。
今年入社した新人社員さんとも友達になりました。
本当に最初は、どうしようかと、逃げ出すことばかり考えていましたが、
終わった今ではこの経験がとても有難いです。お陰で、度胸がついた気がします。
もっと数多くいろんなことを遂行するチャンスが欲しいと、思っています。
僅か時間にすると、2週間程度のことですが前後の変貌が非常に大きいです。
この2週間の彼の体験蓄積データは言葉に尽くせないほどたくさんあるようです。
追われるような毎日の濃い2週間が彼を急激に成長させました。内容の違いはあるものの、
このような濃密な時間を過ごした後は、みんな大きく成長を遂げています。
新しい経験を体験するチャンスは、自分を一回り大きくするチャンスです。
決して尻込みせずチャレンジあるのみです。