第891回 「生産性を高める」
4月から国を挙げての「働き方改革」が強要されており、それに伴う法律の施行がなされています。
あくまでも私個人の意見ですが、新たに法で定義する「働き方改革」成るものを一斉に全ての事業所に適用すると、国内の生産性が落ちるのではないのか、と経済のド素人ながら危惧しています。そうでなくとも、労働人口の縮小で日本中の企業は、大小を問わず大変困窮しているにも拘らず、何と的外れの法律だろうと、批判的な意見です。
勿論、業界や職種によっては、法律で縛るやり方が効果的なケースはありますが、一斉に適用するのは非合理だと思います。
いずれにしろ、働き方改革に則った場合、企業は以前と同等、あるいは以前以上の生産性を上げなければなりません。つまり、働く時間の制約が課されるなら、必然的に生産性を高めざるを得ないのです。
一定の時間内に書くプログラムのステップ数を数行でも多くする。一定の時間内に作成するドキュメントページ数を今までより増やす。などなどに、励む必要があります。
尤も、このような内容の業務遂行だとしたら、熟練すれば、つまり経験を積めば、段々一定時間内の業務量を多くこなすことは、可能です。
ところで、このように経験を積めば、普通に業務遂行が早くなる業務であっても、個人差はあります。慣れない業務を与えられ、比較的手早くできる人と、慣れるのに時間が掛る人があります。
どちらが優れている、というものでもありませんが、今は生産性の話題ですので、手早くできる人の特徴を考えます。手早くできる人は、恐らく勘が働くのです。勘とは、本来は何度か経験して、段々身に付くものです。
一方、資質的に勘働きの良い人は、他の経験を、直面している業務遂行へ応用する思考によって、勘が働くようです。他の経験を直面している業務遂行へ応用する、という無意識の働きは、言わば読解力です。読解力と言っても、文章の文脈を読みこなすだけではなく、事象の背景や他の事象との関連性、取り巻く人的、物的環境条件などを汲み取って、対処する能力です。想像力、洞察力そして気配り力までを伴います。
この能力に秀でた人たちは、比較的短時間に軽々(?そのように周囲には映る。)と、難しい業務までをやり遂げます。このような能力は、天性の資質もありますが、恐らく生まれてからの実体験量が絶対的に多い人が、獲得するのだろうと、思います。
ですから、何事につけ体験量の乏しい今の若い人たちは、読解力がない、と評価されるようです。
一方、勘働きよりも一歩一歩自身の経験を確認して進まなければ、気が済まない人たちは、何事へも習熟するのに時間が掛ります。但し、こういう人たちも、一旦モノにすれば品質の高い仕事をします。時には、やたら勘にばかりに頼り、業務を手早く、軽くやり過ごし、質が疎かなケースもあります。そういうケースは、論外であり、仕事に向き合う精神から鍛え直さなくてはなりません。
生産性を高める要素のもう一つは、決断力です。
これも私的な感想ですが、欧米に比べると日本人の生産性が低い、と言われる原因は、この点にあるのではないのか、と前々から思っています。
合理的思考訓練を受けている欧米的文化に比べると、曖昧さや忖度、阿吽の呼吸などが幅を利かす日本文化の中で、大胆な判断を口にするのは何となく馴染まないようです。その結果、判断力の乏しさとなり、生産性に影響を及ぼすのだろうと、考えるのです。
何事に向き合うにしろ、あれやこれや考えて、やたら慎重な人がいます。考えの内容は、決して的外れではなく、良くそこまで考えると感心します。
しかし、なかなか前に進めません。これも性分に依存する場合が多いので、自分らしさを変えることはかなり難しいかもしれません。
しかし、前に進めるためには、少々粗っぽいですが、仮説の結論を想定し、それに向かって推進する人は、生産性が高い人です。
私自身は、後者のタイプですが、判断を下す時には、次の2点をポイントにしています。ひとつは、自分で決めた結論は、自分で責任を負う。つまり、自己責任を負えないことは、自らの決断にはしない、他に委ねる。判断が外れた場合は、絶対に悔まない。二つ目は、ちょっとお気軽ですが、「何とかなる。」です。